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2007/03/15

あるじNYC3日目午前中その2

あるじ、撤収するにあたり、とある場所まで行って近くの地下鉄から戻ることにしました。

Battery Parkから北に向かってChurch St.を数ブロック歩いたところにそれはありました。そこは、グラウンド・ゼロと言われたWorld Trade Center跡地です。

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パストレインの仮駅があって、その周りの金網に掲げられている写真ぐらいしか当時の様子を伝えるものはありません。
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正直、写真を前にしてしばらく立ち尽くしてしまいました。そして、あるじが小学生だった頃に起こったロシアホテルの火災や、イランから赴任してきた先生が見せてくれたイラン・イラク戦争のときの映像や話を思い出してしまいました。

ロシアホテルの火災のとき、商社マンだった親父が深夜に火災の連絡を受けて家を飛び出して行き、出張で来ていた日本からのお客さんの安否確認や無事だった人のケアに駆けずり回っていました。そして、5人くらいお客さんを家に連れてきたのですが、どの人も着の身着のままでやってきて、ある人はシャツの背中側が焦げていて顔は煤だらけだったのを覚えています。そのときに、たくさんの人が窓で助けを求めていたが、はしご車も来てないのに炎の熱さに耐えられず次々に飛び降りていくのが見えたが、たぶん助からないだろうとか、廊下を逃げるとき、たくさん人が倒れていてひどい状況だったとかいう話をしていたのが記憶にあります。

その何十倍もひどい状況で、2000人以上の犠牲者を出し、行方不明のままの被害者や身元のわからない遺体もたくさんあったと聞きます。

あるじのように、幼い子供とおくさんがいるのに、突然自分の人生が終わってしまうなんてどれだけ無念だったことか、とても痛ましい気持ちになりました。

しかしその跡地、今では再開発も始まり、工事現場となっていました。
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2010年をめどに、フリーダムタワーが完成するそうです。
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これも、当初のデザインとは変わってしまい、商業価値を優先したいシルバースタインの意向で自由の女神をイメージさせるようなデザインではまったくなくなってるようですし、再開発にあたっても遺族からの反対などもあるようですね。

しかし、なんにせよ、こぞーどもの未来のためにも、こういう痛ましいことが起こらないような世界にしたいと願い、ほんのわずかの時間でしたが工事現場に向かって祈りを捧げたあるじでありました。

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