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2008/05/05

感謝をこめて。

今日はこどもの日。

母の日記を読み返すと、去年のこの日は、おくさんが吉祥寺で買い物をしている間に、こぞー二人を連れて先に実家に行った私は、そのあと母とこぞーどもの4人で散歩に出かけ、電車に乗りたいという下のこじょーの希望で西武新宿線に乗って、東伏見から花小金井まで往復。その後、駅の近くの焼肉屋でこどもの日のお祝いをし、「たのしかった!!」とつづってありました。

今年は寂しいこどもの日になりました。母はなく、私は今日からUS出張で、こぞーどもと遊んであげることもできません。

あれから、もう2週間がすぎました。

時間は誰に対しても、何に対しても平等で、確実に時を刻んでいきます。そして、私という人間も、悲しみはまだ消えませんし気持ちも上がってきませんが、何も食べなければお腹もすくので食事もしますし、のどが渇けば水を飲み、眠くなれば横になって眠ってしまいます。

こんな悲しみの中にあっても、生きていく上での最低限の欲求を満たそうと体が要求してくる当たり前のことが一人ではできなくなり、他人に頼らざるを得ず、しかし意図がうまく伝わらず何をしてもらうにも歯がゆい思いと、長く苦しんできた痛みがさらに増してコントロールできなくなってきた最後の1ヶ月ちょっとの間、母はどんな思いで生きていたのかを思うと、ついこみ上げてきてしまいます。

そして、そういう気持ちになったとき、私はそれを気持ちで押さえ込んで日々の生活を送ってきましたし、今でもそうしています。自分より辛かったのは母であり、母とここ7年くらい二人で暮らし、2年3ヶ月の闘病を支えてきた弟もまた私より深い悲しみを感じているはずです。仕事だって、これはあくまで私の個人的なことであり、一緒に仕事させてもらってる仲間や上司、お客様やパートナー様には関係ないことです。私のおくさんやこぞーどもだって、私がずーっと悲しそうにしてたら一緒に暮らすのがいやになってしまいますしね。

でも、そんな風に悲しみや痛みを押し込めてると、心の病になってしまったり、そこまでとはならなくても立ち直りに時間がかかったりするんじゃないかと思うこともありましたが、きっとそんなことにはならず、もう少ししたら悲しみも少しは和らいで、また以前のような私になってみなさんに会える日が来るだろうと思っています。

この2年半近くの間、本当に多くの人に力を与えてもらいました。母の病気のことは、今の会社に入社した当時の上司ともう一人の同僚にしか話をしませんでしたから、ほとんど全ての知り合いはそのことを知らずにいたことと思います。私としては、そのことで仕事にしろそれ以外の付き合いにしろ、変に気を使わせたり距離が遠くなったり、何かの負担を感じさせたりすることを避けたかったということと、何よりこれまで通りに付き合ってもらうことで、母の闘病生活を見守ることしかできなかった、焦燥感や無力感などがいりまじったやるせなさといった感情を、いっときでも忘れたり軽くしたりすることができたらというのがありました。そうすることで、できることは見守るだけということだけだったとしても、それをやり続ける気力を持ち続けたいと願っていたのだと思います。

かつての上司は、休暇扱いにせず私が母を国立がんセンターに連れて行ったり、主治医との面談で午後出勤や早退することも認めてサポートしてくれました。その上司の退職後、唯一このことを知っていた同僚には、母の件で動きが取れないときに何度代わりに仕事をこなしてもらったかわかりません。最後の数ヶ月はチームのみんなに事情を話し、大きなイベントが控えていましたが、彼らの助けによってイベントも実施でき、母の最期を看取ることもできました。

かつての職場で知り合った人たち。Sunにいたとき、私が担当していたキワモノ製品を果敢に売ってくれた、かつての若手営業やSEと時々飲みに行きましたが、彼らのいまだ変わらぬ前向きさを感じるたびに力をもらいました。かつてエンジニア時代にサポート部門で一緒仕事をした同僚、部門横断の新製品の導入プロジェクトチームで要求の厳しいお客様の対応に日々駆けずり回っていた頃の仲間とかつてのことを振り返るにつけ、困難にもめげずに頑張っていた頃を思い出させてもらい、それもまた気力を振り絞るきっかけにさせてもらいました。

一方で、US Sunのかつての知り合いや、HPに勤めていた頃の人たちからは、安らぎのような時間をもらいました。みんなと飲んだりカラオケ行ったりしてるときはとても楽しくて、つらいことを忘れさせてくれる時間を私に与えてくれました。ある人からは、私を見ていて、とてもそんな状況だったとはわからないくらい明るかったから、想像もできなかったと言われましたが、私がみなさんに会ってるときにそう見えたのだとしたら、みなさんのおかげで明るくいられたのだと思っています。

マンションの理事会で理事長をやっていたときも、本当にいろいろと大変でしたが、私の任期の時の理事は最高のメンバーが揃ってくれ、いちばん若輩の私を陰日向になってサポートしてくれ、多くのことを成し遂げることができて、辛い時期でありながら充実した時間を過ごさせてもらうことができました。また、その期間に実施したマンション内のイベントにも、多くの住民の方々に参加していただいて、みなさんと顔なじみになることができ、参加したみなさんやこどもたちの明るい様子をみることができて、その充実感や達成感が自分自身の支えにもなりました。

母が他界したときにも、多くの方からお悔やみの言葉を頂戴し、またご会葬いただきました。親しかったご近所や小学校、高校、モスクワ時代の友人・知人、なかには、初七日が終わったあとに、わざわざ遠方からご夫婦で駆けつけてご焼香してくださった知り合いや、近所でよく電化製品の設置をお願いしていたお店の社長さんもいらっしゃいました。大学時代、実家によく来てた私の友人や、この件の一連のブログを読んでメッセージを送ってくださった、かつての後輩やいま一緒にお仕事させていただいている社外の方々。一度もお会いしたことはないけど、とても楽しいブログと日記で私を和ませてくれてた方もいます。

母が他界した後にこれまでの経緯お礼とお詫びのご挨拶を書中でさせていただいたところ、かつて同じような経験をされた方々や、状況は違えど現在も難しい立場にあって頑張っておられる方々のように、おそらくはあまり他人には話したくないようなつらい経験をされている方々が、私にそのようなつらい話を教えてくれて、気持ちを分かち合おうとしてくれました。

一方、まだそういう経験のない方々も、自分には到底理解はできないのかも知れないけど、力になりたいという言葉をかけてもらいました。その気持ちと言葉をもらっただけでも、いま現在、とても励まされています。

 

もう30年以上も前になりますが、父の赴任先であるモスクワに向けて、母と弟と私の3人で羽田の搭乗ゲートで、当時小学校1年生だった私が、母に向かってこう言ったのを今でも覚えています。

「お母さん、大変だから荷物もってあげるよ。お母さんが大変な時は、ぼくが助けてあげるから。」

私にとって、当時から母は守るべき存在でした。でも、母を失くしてみて、実はいつも母親の愛情に守られていたことに気づかされました。それなのに私は、母の期待に応えるようなことはほとんどしてきませんでした。

小学校時代にやったピアノも途中で止め、英語も嫌いで勉強せず、母はかつて早稲田大学を目指していて、働いていたこともあるくらい思い入れがあって、私に入学して欲しかったようなのですが、そのための勉強などまるでせず、その思いには応えられませんでした。ハワイに家族で連れてってあげるとか、いろんな約束もしましたが、いつかまた次の機会にね、と先延ばししてばかりで、ほとんど守ることができませんでした。

そして何より、30年以上前に羽田で約束し、母も覚えていたあの時の、「お母さんが大変なときには自分が助けてあげる。」と、言ったその言葉を守ることができませんでした。病気と格闘し、辛い治療に耐えていたこの2年3ヶ月、ただただ見守るしかなかった。本当に、何にもしてあげられなかったです。

そんな情けない思いに何度も気持ちが折れそうになりましたが、そのたびにみなさんがに私に力を与えてくれました。

長くなりましたが、この2年3ヶ月の間に、私に幾度となく元気と安らぎと笑顔と気力を与えてくださったすべての方々、亡き母のために心の涙を流してくださったすべての方々に、お礼を申し上げたいと思います。

みなさん、本当に、本当に、ありがとうございました。

少し気持ちに整理をつけたくて、このところ亡き母の闘病のことを書いてきましたが、もうこれで終わりにして、いままでのような日記をまた始めようと思います。

明るくない話ばっかり続いて、せっかく訪問された方々には暗い気持ちにさせてしまってすみませんでした。

また戯れ言日記を書き始めようと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

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コメント

謹んでお悔やみ申し上げます。

間もなく出張に出発されたんですね・・心中をお察し致します。

やっとみつけたAbeeさんのブログ。
あったあったと喜ぶのもつかの間でした・・

とはいえ、今後ともよろしくお願いいたします。って誰かわからないですね・・

投稿: ドアランヅ | 2008/05/14 01:04

> ドアランヅさん

お心遣い、ありがとうございました。
しんみりしたエントリばかり続いてしまいましたが、またしょーもないブログを再開していきますので、またぜひお立ち寄りください。

お待ちしております。

投稿: あるじ | 2008/05/17 11:18

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