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2008/06/28

一瞬を永遠に

久しぶりに、あるものを観に行ってきたときのお話(今日の話ではないんですが)。

あるじ、ほとんど誰にも知られてないこともまだいくつかありまして、たとえば、家族なんかはおそらくいまでも知らないような、あるじの楽しみとか趣味とかあります(ヘンな類のもんではないです)。

で、まあ、ここ何年もあるものを観に行ってなかったんですが、こないだ時間が作れたので行ってきましたが、やっぱり伝わってくるものがあります。

あるじが伝わってくると思ったものが、その一瞬を永遠のものとするために切り出した人の伝えたかったものと一致しているのかどうかはわかりませんが、少なくともその切り出された「刻(とき)」が視覚を通して捉えられたあと、あるじの中でさまざまな考えや思いを引き起こし、あるいは記憶を呼び覚ましたりします。

さらには、その「刻」だけが与えてくれる情報だけを受け止めたときと、さらにその「刻」がおこったときの場所や時代、背景などの情報が加えられたときとでは、あるじの中で湧き上がっていたさまざまなものが、またさらに変化していくのがわかります。

たとえば、ある「刻」を視覚として捉えた最初の瞬間は、そのもの自体は理解できているのですが、なぜそういう状態なのかがわからず、疑問と戸惑いの感情がありましたが、その背景を知るごとに、その国に対する落胆と憤り、発想の貧しさやこんなことから利益を得ようとする人間の欲の深さなんかを感じたりするのです。

こういうのって、基本的には一人で観るのがいいのかも知れないんですが、他の人と観にいくのもよかったりします。同じ「刻」をみて、同じ補足情報を得たとしても、伝わってきたと思うものは大きく違ったりします。あるいは、受け止めたものは同じだなと感じても、そこから湧き上がってくる思いや感情なんかはまったく別だったりします。一方で、まったく同じことを感じ、同じように捉え、同じ考えを巡らせているんだなっていうこともあったりします。むしろそっちの方が珍しく、同じ思いを共有していたと気づいたときは嬉しくもあったりします。

そういうことを、観てる最中とか観終ったあとに話をしてみると、とても刺激になります。楽しくもあり、興味深くもあり、考えさせられることもあり。でも、感じたりすることが全然違ってても、つまらないとか腹が立つみたいなことはないです。少なくともその瞬間は。場合によっては、その後についてちょっと考えることはありますけど。

こういうことって、どっちが正しくてどっちが間違っているってことはないじゃないですか。お互いが感じたことを感じたまま話をしてるので、どちらも正しい。もし間違ってることがあるとしたら、そのとき感じたことをそのまま話をしてくれなかったような場合だけかな。

たとえば、あるじの感想を先に聞いてそこから何か感じてしまって、最初に思った自分の思いに後から別の思いを加えてしまって、それを「最初に感じたこと」として言ってしまうみたいな。

そういう時は、「最初はこう感じたけど、あるじの話を聞いたら自分の中でこういう捉え方に変わって、今はこう思ってる。」みたいに言ってくれると、あるじ的にもさらに興味深くなって刺激的です。自分の思ったことが、他人の考えにどう影響したのかその場でわかるんですもん。

この日はあるじ、ほんとうに楽しくて、ここ最近の中では5本の指に入るくらいの充実した機会と時間を得ることができました。

また行けたらいいなぁ。。

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