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2010/01/04

親戚同士の集まりでふと。

毎年1月2日はおくさんの実家に集まることになってます。

去年はおくさんの祖母が他界したため、今年は新年のお祝いという形ではありませんが、親戚同士が集まる数少ない日なので例年通り集まろうということになりました。

ここ数年、この集まりに参加してて思うのは、かつては珍しくなかった日本の地域社会でのこうした習慣はいずれ近いうちに廃れる(あるいはなくなる)んだろうなぁと思うことです。

昔は本家を筆頭にその分家や親族一同が同じ地域に暮らしていて、仕事も同じようなことやってたりして、互いに助けあって生活してたので、例えばお墓もその土地に代々受け継がれてきて、ある分家が全員不幸にも亡くなってしまったりしても、一族としてそのお墓も面倒見てこれたんだと思います。

しかし、今や親類はもとより、家族といえども成人し就職してしまえば同じ土地に住むというのは難しくなってますし、最近じゃ海外でずーっと生活してる人も少なくないですから、先祖代々の墓を守るというのは、本当に難しくなってきてます。

前述の正月に集まるみたいなことも、今は実家のお義父さんが仕切ってくれているのでまだ集まる機会が作られてますが、あるじ達の世代になったらおそらくこういうのは難しいでしょう。

普段、ほとんどコミュニケーションがない(会うことはなくとも何かしら交流があれば別だけど)方々と年に一度会っても、あんまり話すこともないし。もちろん、たまの機会だから色々気を使いながら近況など聞いたりしますけどね。

個人的には、こういう集まりとか先祖代々の墓を守っていくみたいなのは、悪いことじゃないと思うし、続けられるものなら続けた方がいいとも思うのですが、現代のような生活スタイルでは、いずれなくなっていく慣習のように思います。

あるじの家の墓は岩手県にありますが、死んでからそこに入りたいっていう気持ち、ないですしねぇ。こぞーどもも、東京に住んでてお墓だけ岩手にあっても行かないでしょうし。

うちのおくさんなんて、東京から出た事ない(留学とか別として)から、東北の岩手にある墓なんてイヤだろうし。だからあるじ、もしおくさんがこの先何十年後かに亡くなったら、おくさんの実家のお墓に入ってもいいよって思うし。もっとも、その頃はあるじやおくさんも、もうお墓に入るっていうこと自体に違和感覚えて、沖縄のサンゴ礁に散骨してほしいって思ってるかも知れないし。

年末におふくろのお墓作ったことと、年始の集まりで感じたことでした。

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